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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)2467号 判決

原告

作田親信

被告

東京海上火災保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金四一〇万五九〇五円及びこれに対する平成九年三月二〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、阪神警備保障株式会社の従業員である石場弘運転の普通乗用自動車が普通貨物自動車に追突し、両車両が破損した事故に関し、普通乗用自動車を被保険自動車として損害保険契約を締結していた原告が損害保険会社に対し、保険約款に基づいて、保険金の支払いを求めた事案であり、被告は「原告は本件事故当時すでに阪神警備保障株式会社に車両を譲渡していた。」として免責を主張している。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実(以下( )内は認定に供した主たる証拠を示す)

1  事故の発生 (乙三、四)

(一) 日時 平成八年五月一九日午前四時三〇分頃

(二) 場所 大阪市住之江区東加賀屋二丁目四番二号先路上

(三) 関係車両 訴外石場弘(以下「石場」という)運転の普通乗用自動車(なにわ三五て三二一五号、以下「本件車両」という)

訴外大阪トラック株式会社所有の普通貨物自動車(大阪一四か二九〇〇号、以下「訴外車両」という)

(四) 事故態様 石場が本件車両の運転を誤り、駐車中の訴外車両に衝突した(以下「本件事故」という)。

2  保険契約の成立(争いがない)

原告は本件車両を被保険車として、被告との間で対物保険、車両保険を含む損害保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結していた。

3  損害(争いがない)

(一) 本件車両は、本件事故によって、修理代金三一〇万円を要する損傷を受けた。

(二) 訴外大阪トラック株式会社は、訴外車両の損傷によって、修理代八七万五五〇〇円、休車損害一三万〇四〇五円の損害を受けた。

4  免責条項(争いがない)

本件保険契約の約款中には、被保険自動車が保険契約者から譲渡された場合、被告が承認した場合を除き、保険契約によって生じる権利義務は譲受人には移転しないこと、保険者たる被告は、被保険自動車が譲渡された後に生じた事故については、被告が右承認をした場合を除き、保険金を支払わない旨の条項が存する(以下「本件免責条項」という)。

二  争点

1  免責事由の有無

(原告の主張の要旨)

本件免責条項にいう譲渡とは売買・交換等の物権契約に限られると解されるところ、原告は、阪神警備保障株式会社(以下「阪神警備」という)との間でリース契約を締結していただけであって、譲渡はしていない。

(被告の主張の要旨)

原告は、阪神警備に対し、本件車両を譲渡した。本件事故は譲渡後のものであるから、被告は責任を負わない。

2  信義則違反

(原告の主張の要旨)

本件車両に関する使用者名義の変更、自賠責保険金の名義変更、本件保険契約の加入についてはいずれも被告の代理店である大阪三菱自動車販売がその手続を行っており、被告側で全ての事情を把握していたにも拘わらず、被告は、平成八年二月二四日、石場が本件車両を運転中、交通事故にあった際には、なんの問題とするところなく保険金七万円余を支払っている。しかるに、保険金額が多額となるや支払を拒否することは信義則上、許されない。

(被告の主張の要旨)

被告には何ら信義則違反の具体的な行為はないし、原告からもその具体的な主張はない。また、被告は原告の使用者名義の変更などに一切関与していないし、何ら信義則違反の具体的な所為はない。

第三争点に対する判断

一  争点1(免責事由の有無)

1  認定事実

証拠(甲一、二、五、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一) 原告は、恋人であった柳田陽子(以下「柳田」という)の希望もあって、平成七年七月二六日ころ、大阪三菱自動車販売株式会社から、本件車両を買い受けた。原告は、諸経費・オプション代約五〇万円はこれを現金で支払い、売買代金の残額約三二四万円は五年間の分割払いとし、所有権留保特約を付した。

原告は、使用者は柳田とし、車庫証明も同女の名義で取得した。また、原告は、右購入に際して、被告との間で本件保険契約を締結した。

(二) 原告は、平成七年九月末ころ、柳田と別れたことから、本件車両の使用名義及び車庫証明をどうするかと考えていたところ、知人である阪神警備代表取締役の深見士との間で、阪神警備に空きガレージがあり、同社において車庫証明を取ることができるという話が持ち上がった。更に、阪神警備が本件車両を使用するという話が出て、原告は、前記のような本件車両購入の動機と当時資金繰りにも困っていたところから、平成七年一一月三日ころ、阪神警備との間で、「前記分割売買代金及び本件保険契約の保険料と同額の金額を阪神警備が原告に支払い、原告は本件車両を阪神警備に貸渡す。」旨の左記内容のリース契約を締結した。

(1) 契約期間は、平成七年一一月四日から平成一二年八月四日までとする。但し、契約終了後は、本件車両は阪神警備の所有物となる。

(2) リース料金は、総額三二四万三二〇〇円とし、阪神警備が、毎月、原告指定銀行口座に振込む方法で支払う。

(3) 本件保険契約の保険料は、平成七年一一月四日から平成八年八月四日まで阪神警備が支払うこととする。

(三) 右リース契約締結後、専ら阪神警備においてこれを業務用に使用、管理し、本件事故前まで原告が本件車両を使用したのは一回にとどまった。

右契約に定められた代金は、前記分割金払いの引き落とし口座と同一の口座に阪神警備から振込まれていた。

2  判断

本件免責条項の趣旨は以下のとおりである。即ち、被保険自動車を譲渡する旨の合意が成立し、譲受人に対する右自動車の引渡しがなされたことにより、譲受人が右自動車を使用してこれを現実に支配するに至ったときは、被保険車両を加害車両とする交通事故の発生する危険性の程度がそれまでとは異なることになるから、損害保険会社にとっては、新たに自動車損害保険契約を締結する際に、被保険者について行うのと同様に、被保険者の譲受人が交通事故を起こす危険性の程度を判断し、保険契約上の権利義務が譲受人に移転することを承認するかどうか、承認する場合には保険掛金の額をいくらにするかを決定しうることとすることが必要である。本件免責条項は、損害保険会社に対してこのような機会を与えるため、譲渡による保険契約の権利義務の移転を承認するかどうかの選択権を与えるとともに、これを承認しない場合における被保険自動車の譲渡を保険金支払義務の免責事由とすることを明記したものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷判決、平成九年九月四日、裁判所時報三四一頁同旨)。

右の免責条項の趣旨からすると、譲受人が専ら被保険自動車を現実に支配、管理する旨の合意が成立し、譲受人がその自動車の使用を開始すれば、合意内容が物権契約であるかどうかを問わず、本件免責条項にいう譲渡があったということになる。

前記のとおり、本件契約の合意内容は阪神警備が専ら業務用として本件車両を管理、使用する合意を含み、且つ、右合意に基づき、阪神警備において本件車両の使用を開始したのであるから、本件免責条項にいう譲渡があったと認められる。

二  争点2(信義則違反)について

証拠(乙七ないし一〇)によれば、平成八年二月二四日、石場が本件車両を運転中、自損事故を起こし、修理費用一四万〇二五五円を要する損傷を蒙ったこと、原告が石場に本件車両を貸与中に右事故が起きたとして保険金を請求された被告は、免責額七万円を除いた保険金七万〇二五五円を支払ったことが認められる。しかし、それ以上に、右保険金請求の際、被告が原告と阪神警備との間において本件車両の譲渡があったことを知っていたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の信義則違反の主張は理由がないというべきである。

よって、被告の免責の主張は理由があり、原告の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 樋口英明)

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